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座間味村の少年の主張大会の話です。

座間味村
うりずんです。

 座間味 座間味村教育委員会(中村光男教育長)の第十九回座間味村少年の主張大会が四日に座間味村離島振興総合センターで村民や学校教諭・生徒達が約一二〇人参加する中、午後より開催されました。

 慶留間中学校(生徒数四人)阿嘉中学校(同四人)座間味中学校(同十六人)の各校より三人づつが選出され、計九人が実践発表しました。

 審査の結果、最優秀賞に慶留間中学校三年生の大村加奈子さん、優秀賞は参加した全員に素晴らしい発表をしたとの審査委員の評価で表彰されました。

 大村さんは、同じクラスの子との関係がうまくいかず、学校に行きたくないと思う日が続きました。そんな時に担任の先生が「視方を変えれば」。

 と二人に語ったら、彼女の方から出た言葉は、もっと仲良しにになりたかったと、と彼女の本当の想いを知り、「怖い」思いが消え、お互いの想いが良くなりましたと。発表があり会場よりも絶大なる拍手がありました。

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高速船のクイーンざまみが定期検査ドックより帰ってきました。

座間味
うりずんです。

 座間味村には村営船がフェリーざまみ(669トン)と高速船のクイーンざまみ(168トン)の2隻が定期運航しているが、今回、高速船のクイーンざまみが5月8日に糸満市にある糸満造船所で定期検査ドックに入ったが6月7日迄、1か月間に渡り定期検査ドックが完了して8日の10時頃座間味港に入港してきました。

 検査は4か年に一度は行われるもので装いも新たになり。村民に大変喜ばれた慶良間諸島が国立公園に平成26年3月5日に指定されてから観光客が増加して座間味村民の経済的効果が波及してきた。特に外国人が増加してきた。高速船の運航は村民にとって必要不可欠の状況にありました。

 定期ドックから戻り座間味港に入港してきた。乗り込み客の状況は時期的にも良いほうで定員200人に対して100人が乗船していました。
  
   入港してきたクイーンザマミです。
sクイーンざまみ

宮里悟座間味村長が3期目の村長に決定しました。

座間味
うりずんです。

 5月9日に座間味村長の立候補届け出がありましたが、対抗馬がなかったので宮里悟座間味村長が3期も務めることに決定しました。
 おめでとうございます。村民が大変喜び、おめでとうの言葉が沢山かけられました。

私の親族であることからこれからも4期・5期もやって欲しいと声とお祝いの言葉を述べました。

当選した宮里悟座間味村長です。
sDSCN1835.jpg

座間味村長選挙で三期目の当選を果たした宮里哲座間味村長への当選証書付与式が16日、午前10時より座間味村役場会議室において宮平重則座間味村選挙管理委員長より当選証書が付与されました。

 式場には関係者15人が参加する中、行わました。

 席上宮平委員長は「三期目の当選は一期目と二記目の付託を更に延ばし村民の期待に応えるよう頑張って下さいと延べられました。」

 宮里哲村長は「今回の三期目は対立候補者が出なくて村民に対して大変感謝しています。気を引き締めて村民への福祉向上と村の発展に頑張りますと」と語りました。

当選証書を受け取る宮里悟座間味村長です。
sDSCN1852.jpg


日本スタンドアップバトルボード大会が座間味村で開催されました。

座間味
うりずんです。

 日本スタンドアップパドルボード協会(渡辺英昭実行委員長)では22日と23日の2日間において、座間味村の青少年旅行村ビーチ内において第一回目の大会が参加者、約130人が参加して盛大に開催されました。

 大会が開催にあたって会場にいる参加者達全員によってビーチクリーン作業を行い大会が進められてきました。

大会の参加者達は県内外や外国からの参加も大勢いて地元の児童生徒達は変わった雰囲気に大変感動していました。

 第一回ケラマブルーカップイン座間味で開催されましたが、これからの大会においても会場は座間味村で実施することに実行委員会では決定したとのことでした。

 座間味村はコバルトブルーだけに海が素晴らしいことから世界に売り込み今回の競技を年毎、盛り上げていくことをお互いが確認しあった。
又、二日間にわたってパドルボードで実施されたヨガ教室は大変な人気を見せました。

写真はパドルボードでヨガ教室を行なっているところです。参加者やそれを見ていた参加者達には人気がありました。
sDSCN1796.jpg

座間味村の元村長の宮里正太郎さんのカジマヤー祝いがありました。

座間味
うりずんです。

 座間味村字座間味の宮里正太郎さんのカジマヤー(数え97歳)祝いが4月16日に、座間味村離島総合センターホールにおいて、村民や・親戚が300人程、参加する中、盛大に開催されました。

 祝賀会に先立ち午前中は、座間味地区内を道ジュネー(道路パレード)をして、住民の祝福を受けました。

 道ジュネーは自宅前を出発し、集落内の各部所の7カ所でカチャシィー等が区民により行われて賑わいを見せました。

 特に座間味港入口においては本土と外国の人達の見学もあり、同祝い行事を珍しそうに見ていました。

 宮里さんは元気良く会話する元気者だと住民は語っていました。

 宮里さんは大正十年の生れで、大勢の子供と孫、ひ孫などに囲まれて日々を楽しく暮らしているとのことでした。

 宮里さんは村長勤務を含めて四十年村発展の為に尽力した関係でお祝いの参加者より、感謝の言葉が述べられました。
 
 祝賀会は島の婦人部の皆さんや孫たちの余興が素晴らしくてたくさんの拍手が送られました。

 会場にいた観光関係の仕事に携わっている。村内に在住する又吉英雄さん(66歳)は「村内でいろいろな行事に参加してきたが住民が大変な絆が結ばれるカジマヤーの祝賀会でした」と述べました。

 道ズネー途中の夫婦の写真です。
sDSCN1717.jpg

長い間パソコンが使えませんでした

座間味
うりずんです。

長い間パソコンがつかえませんでした。
これからも座間味村の情報を掲載していきます。

一回掲載したんですが西郷隆盛ドンの座間味村でのことを紹介したいと考えています。

西郷隆盛ドンが座間味村に来たか来なかったかは知りませんですが実の弟が沖縄の島々の図面を作成の時に座間味村まで、来られたことは、座間味村の阿佐区海岸で船員が事故死したため墓が建立されて当時のことが記載されていたのでした。

明治6年のことでした
座間味村の歴史散歩
   142年前の証言が墓標に記録されていました。

  阿佐ヤマトウマ 和久田勇次郎の墓は現在残っています。

 座間味区から阿佐区にぬける村道座間味阿佐線の座間味生コンがある砂置き場の海岸沿いに1メートルくらいの高さの墓がありますが、これは今から142年前に建立された墓です。明治6年4月に建てられた。和久田勇次郎(現在の千葉県木更津市出身)という方のお墓ですが、では、なぜ千葉県から遠く離れた座間味村にこの方は葬られたのでしょうか。

 話はずいぶんさかのぼりますが、明治4年12月に起こった、ある事件と深い関係があるのです。その事件とは、那覇を出港した宮古の船が宮古島の近くにさしかかった時、風向きが変わって台湾に流れついてしまい、乗員、乗客66人のうち54人が、台湾人によって殺されたのでした。

 歴史的にも有名な「台湾事件」なのでした。

 明治4年と言えば、日本では廃藩置県が行われ、琉球王国は鹿児島県の管轄に無理矢理入れられますが、この事件をきっかけに、翌年(明治5年)には琉球藩となって明治政府の外務省の管轄に入れられました。つまり日本国政府としては、琉球が長年、清国(現在の中国)と親しく貿易を行っていたのですが、琉球は日本の領土であることを強調したかった訳です。そして台湾に対しては、日本人を殺したことを理由に征伐に乗り出すことになったわけです。

 和久田勇次郎の墓は、実はこの台湾征伐と大きな関係があったのでした。

 明治6年1月、日本政府は海軍省水路局に対して、南西諸島の水路測量を命じたのでした。これを水路局開設以来の大計画ともいわれ、台湾への兵隊派遣の前準備として、風向や潮流、水深、避難港など、南西諸島の水路事情を知る必要があったわけです。

 そして2月測量艦は品川湾を出発し、琉球にやってきました。この総指揮をとったのが、柳楢悦(やなぎ・ならよし)海軍大佐で、4月10日、強風が吹き荒れる中を柳大佐ら一行は避難のため阿護乃浦港に入港したのでした。

 ところで、その翌日、乗組員の1人である和久田3等水夫(当時24才)が亡くなってしまったのです。墓刻銘には「突然の脚疾」で亡くなられたと刻まれていますが、亡くなられた詳しいことは現在でも分かりません。
和久田勇次郎の遺体はヤマトウマの一角にうめられ、古里の千葉に向けられて墓碑が建てられています。現在でも墓は残っています。

 明治7年には、彼らの測量に基づいて西郷従道(つぐみち)(西郷隆盛の実弟)率いる軍隊が台湾に斬り込み台湾を征伐したのでした。

 私達座間味村あるいわ慶良間諸島においては歴史の背景に様々な出来事がありました。

和久田勇次郎も日本国の為に殉職したと言っても過言ではないでしょうか。

和久田勇次郎の墓です。
142年ぶりではないかと思われますが、私と他2名で参拝をしました。お酒とお水をお供えして、墓標に水を注ぎました。又、周辺もアダンの木でおわれていましたので、除去しました。
明治6年4月11日に亡くなられたのことですので、命日の日にお参りします。
和久田

座間味小学校の小嶺来海さんが北那覇税務署長より表彰を受けました。

座間味

うりずんです。

 座間味村立座間味小学校(上原秀俊校長)では2月2日の午後より、北那覇税務署管内の小学六年生を対象にした「税に関する絵(税金で造られている建物・施設、税金で購入される物品、税金で行われている仕事など)」をテーマに、絵はがきを募ることにより、税金は毎日の生活の中で、どう利用されているか関心を深めるために毎年一回、北那覇税務署の主催で開催されてきました。

 今年度は、座間味村、浦添市、久米島町の小学生を対象に実施し。参加総数159通の応募があり、その中から北那覇法人会長賞を始め、北那覇税務署長賞など合計13点の作品が賞を贈呈されました。

座間味小学校では小学校6年生の糸嶺来海さん(12歳)が北那覇税務署長の表彰が贈呈された。表彰式は座間味村役場庁舎内で役場職員の全員参加して行われました。

sDSCN1433.jpg

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