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第2部座間味村の「ふるさと昔の話」です。

座間味
うりずんです。

 第2回目「ふるさと昔の話」から

   阿佐区物語

 阿佐区は地形上、座間味島の東寄りに位置し、沖縄本島に近く、その上、阿護の浦をはじめ、唐馬、イノーヌ浜など、上陸しやすい海岸があり、船などの避難しやすい入り江になっています。

 阿護の浦の海岸にそうように、大和馬、阿佐、大浜、真喜屋武の4カ所の遺物散布地があります。波静かで、魚介類に恵まれたこの阿護の浦で漁労を営んだ人達が季節的に来島して居住していた跡だろうと言われています。その中から阿佐区に住み着くようになった人たちが元祖にともなったとおもわれます。

 1465年より1487年に天孫子の氏族にあたる阿真村の神麻ヌ比屋の子が移転してきて開拓し、繁栄した、という伝えも残っています。

 中城村の安谷屋からやってきた人は屋敷の周りにアダンの木を植え風よけにし、主に魚業を生業として生活をしていました。今は「世の主」として祀られいるお宮があります。その他、糸満の真壁村から移住してきた人達もいました。その子孫は今でも「源願み」
(ムトウガミ)と言って、その村へお参りをします。

  第3回目も阿佐区の話を掲載します。
   

座間味村よりハイサイです。

座間味
うりずんです。

 座間味村よりハイサイです。

     座間味村字阿佐在住
  大坪弘和さん(47歳)

愛知県出身の大坪さん

 「私は座間味村にやってきて29年になります9年目で子供2人も出生しました座間味村の自然環境が大好きです特に冬の時期にザトウクジラがやってくるのがなによりも楽しい事です。

同村のホェールウオッチング協会の事務局長もやっていることから座間味村の観光に役立つことを頑張ります。」

 と語たりました。又、座間味島祭において島人達で構成するバンドのザ・マミーズでベースを見事弾きこなし会場より盛大な拍手がありました。

 座間味村のイベントや行事などには全て参加しています。座間味島での野鳥の会の会長でもあります

DSCN2887.jpg


座間味村よりハイタイです。

座間味
うりずんです。

 座間味村よりハイタイです。

  座間味中学校三年生
  宮里瑞姫(みずき)さん(14歳)

第一四回サバニ搬送レースでキャプテンを務めた瑞姫さん 「私達は毎年、今の時期におこなわれているレースに毎年参加していますが毎回大人に負けないぐらい良い成果を残しています。

 キャプテンとして皆に、海洋思想が高い座間味村、校歌にもあるように、万里の波濤乗り越えてと歌詞があるように中学生16人全員が頑張って来ました

。結果は32艇中14位に入ったので良い結果だと全員で喜びました。」

 レースは中学生チームは座間味中学校だけで那覇泊港での表彰式には特別賞を受賞会場より盛大な拍手がおくられました。

 又、瑞姫さん沖縄県が募集した 第23回 「児童・生徒の平和メッセージ展」において詩の部で最優秀賞を受賞しました。

    宮里瑞姫さんです
DSCN2982.jpg


    

座間味村「ふるさと昔の話」を紹介します。

座間味
うりずんです。

 座間味村教育委員会が「ふるさと昔の話」題して今まで村民から聞き取りをしてきた民話敵な座間味村の昔の話がまとまり最近に置いて発刊の運びとなりました。この発刊に置いては宮城恒彦様と編集委員の皆様が大変な協力により完成しました。大変読みやすくて理解しやすい内容です。私のブログに幾つか紹介したいとおもいます。
先ず第一回目です。

 座間味・阿真の由来

 座間味島の先住民は約3500年前から住んでいたことが、古座間味で発掘された貝塚や遺跡から推察されています。そして、洞窟や竪穴式の住居に住み、海や山野に食料を求め、さらに、来島してきた時に持ち込んだであろう穀物を主に植え、暮らしていました。

 しかし、人口が次第に増え生活活動の範囲を広げ、ンビリ峠を越えて高月山の山裾に沿ってウンナガーラを得てマカーの山の低地に住み着くようになりました。そこを中心に集落が形成され、その後、発展していきました。マカーの杜は座間味村の発祥の地の「世の主」として祀られています。

 今の集落になっている土地は、当時は海になっており、人間の住めるような所では有りませんでした。

 また、阿真村にも、座間味と異となる2組のグループの人達がやって来ています。1組は遠い海の彼方(ニライカナイ)から永い年月をかけて久場島、屋嘉比島を島伝いに渡来し、阿真の西にある神ヌ浜という地に着きました。

 そして、数百年を経て山の尾根伝いに東へ進み、シタシ森に、ある期間とどまった後、山裾の平地に降り、そこから南下して平松辺り小高い日当たりのよい処に居住するようになりました。この来訪者達は瀬戸内海地方から奄美や伊平屋、伊江島などを経て、島伝いに南下してきた「アデビト」(貴い人)ではないかとも言われています。

 次にやや時代が経て(1000年前)来島したのは、逆臣、利勇に滅ばされた天孫子の子孫である勝連王子の一行といわれています。

 彼らは、久場島―屋嘉比島―安慶名敷島―嘉比島を島伝いいにして渡来してきました。着いた所は、この来島者も阿真の西にある「神ヌ浜」という浜でした。そこには「神ヌ浜網干場」や「神ヌ穴」という地名が残っています。

 そこは海に近く、敵に襲われる危険があるので、いつも高い所に居を構えていました。長い年月を経て、阿真シルから浜伝いに東へ進み、平松の中腹に至り、マニなどが茂って近くに泉のある所に仮小屋を作って住みました。そして、次第に平地に降り、住居を構え、今の島村渠(シマンダカリ)家の辺りに安住するようになりました。この屋号に「島」の文字がついているのは権力の象徴と言われ、その人達が阿真村の島建ての主(祖)ではないかと言われています。

 その人達の子孫から座間味の方へ分かれて行ったグループもありました。この勝連王子の長男は座間味の大屋(ウフヤ)家の先祖となり、仲家の先祖となった次男。3男は大翁長(ウフーオナガ)家の先祖です。彼らの父親は、その後、渡嘉敷島に渡り、妻を求め、できた子が按司となりました。今、渡嘉敷の祝女殿家であった長丈にお墓があります。その後、彼は沖縄本島に移動していきました。

 天孫子の子孫に神麻ヌ比屋(シンマヌウフヤー)という人がいて阿真シル城を造りました。彼は力持ちの上に勇敢で、クリ船1隻分の石を両脇にかかえ、8・9丈(24メートル~27メートル)ほどもある険しい岩山に運びあげて城を築きました。彼の投げる石弾は遠く渡名喜島まで達したといわれています。城の近くには石投げた時の彼の足跡というのが残っています。

 さらに、彼は港に散乱している石で城を造り、その跡を整備して港にしました。

 旧3月3日の「浜下り」の日になると、阿真の人達はそろってご馳走を持って城の辺りの浜辺に出かけ、グスクにお参りした後、潮干狩りなどをして1日を楽しみました。

 座間味の先住民が古座間味から座間味原へ住民が移動した頃、それに前後して、前延べたように阿真においても島外からの来島者があって、新しい部落の開発がすすめられていきました。彼等は新しい文化を持って集落を創建し、さらに、座間味にも移住してきて、大きな影響を与えたものと思われます。

 いつの時代でも新旧両者の間には何らかの衝突はつきものであるが、座間味の場合はその融合は早く、新来者の持ってきた新しい文化、特に、生産技術は先住者たちの生産に強い影響を与え、これによってこれまでの採集生活からの早期的脱却を足したものと思われます。

 その他、新しい手法が取り入れました。それとともに、両部落間における移住や人的交流も行われました。

   以上第1回目座間味村の「ふるさと昔の話」からでした。
   

座間味島祭がありました。

座間味
うりずんです。

   8月24日午後6時より座間味島祭がありました。

  「シマンチュノ・モーアソビ」をテーマに平成二五年座間味島祭実行委員会(宮平幸進会長)では24日午後6時より座間味港ターミナル広場において村民や観光客が約6百人が参加する中、盛大に開催されました。

 共催は座間味村と座間味村商工会・座間味村観光協会。でした
 
 毎年この時期に開催されるこの祭りは村内外より人気の祭りで当日の定期船4便とも満席状況となり賑わいを見せました。

 祭りにふさわしい好天となり、まず最初に座間味小中学校全員によるエイサーで幕開けで一気に盛り上がりを見せました。

 その後、島の各団体の余興や各種の演奏と沖縄の踊りなど盛り沢山出演しての祭は村民と観光客との大きな親睦交流の場となりました。

 会場に出店も村内の事業所が参加して会場の人達は料理を舌鼓ながらゲームなどを行い、又、花火も打ち上げられて祭会場は子供から老人に至まで一時を楽しみました。

 埼玉県から座間味村に夫婦で来ていた柴田政典さん「座間味村には始めてきますが自然環境と人々の優しい心は良いものがあります。そして今日の祭は最高の思いでになるでしょう。」と語たりました。

 座間味小中学校生徒達のエイサーです。
3祭

  花火も良かったさー
DSCN2968.jpg

 ゲームを楽しむ親子さん達でした。
DSCN2936.jpg


        

座間味島での結婚式の話です。

座間味
うりずんです。

 2006年8月24日の6年前の出来事でした。

 アメリカのカルフォニア在住の八幡さん夫婦が私の小料理店に来られていろいろと話をしましたら男性の八幡さんはすでにアメリカで住んで生活をしているとのことでした。

 そして日本国にすんでいる大好きな女性を求愛をしたところ喜んで結婚を承諾したとのことでした。日本国では結婚式が挙げられなくて変わりに旅行をしましょうということで、座間味村に2人はやってきました。

 籍はすでにいれているとのことで、私が提案しました。この座間味村においても素晴らしい神々が宿っているので、その神々の前で挙式を挙げましょうと提案しました。2人は大変な喜びようで早速その相談をして翌日(8月24日)座間味港の左の岬にマリリン像の前で挙式の運びとなりました。

 式場には私の仲間達8名とマリリン像の前を通りすがる観光客達にも参加をよびかけたら観光客達すっかり感動していました。

 私が挙式のお祈りをして結婚式調印式も行い立会証明には私とアメリカのカルフルニヤからきていた英語教師ニコラス・ジェンソンさんが行いましたら八幡さんのおくさん。涙をながして大変喜んでいました。

 昨日私の店に来ていた2人の男女方とも上記の話をしましたらすっかり興味を示して感心していました。その日が6年前の今日の日であったのです。本当に偶然にしてはなにか良いことがおきそうな感じがします。
昨日うりずんにきました2人さんキット良いことがあるかもね。又、座間味にお越し下さい。
 
  結婚調印を行う八幡さんです。
IMG_1556.jpg

 私と八幡さん夫婦です。
IMG_1572.jpg

  2人での祈念撮影です。
IMG_1574.jpg
アメリカの八幡さん見て下さい。みましたらコメントを下さい。

8月24日明日は座間味島祭が開催されます。

座間味
うりずんです。

 明日は座間味島祭が開催されます。

手作りの座間味島祭は村民が一体となり本当に素晴らしい祭です。

 そして今月の31日は阿嘉島・慶留間島納涼祭も開催します。いずれの祭も観光客には大変な高評ぶりです。

 県外からもその祭に参加して視にくる人達も大勢やってきます。

どうか皆さん座間味村にお越し頂き祭に参加して視てはいかがでしょうか。

 お待ちしています。


 

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