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埼玉県立ふじみ野高等学校の生徒達のダイビングの教室がありました。

座間味
うりずんです。

 埼玉県立ふじみ野高等学校(大川勝校長)では、24日、スキュバーダイビングの免許資格を取得するために生徒達と教諭を含む76人が午後より座間味島入りし翌日より27日までの間ダイビング教室の開始となりました

 ふじみ野高等学校は平成13年4月1日付けで埼玉県の県立高等学校再編整備計画により福岡高等学校と大井高等学校が統合してできた高等学校で平成12年度までは大井高等学校がこの時期に今まで座間味村で14回ダイビング教室を行ってきました。

 ほとんどの生徒達が免許を取得して、社会に出て職業として役立っている生徒もいれば社会に出て生きる力となり、生活力に捧げている良い結果がでているとのことだ。

 全校生徒681人の在籍で埼玉県内においては中規模校、このスキュバーダイビング教室は大井高等学校での引き継ぎ事業で特別教室としての野外授業の一環として行ってきました。

 毎年、沖縄県内のガイドインストラクタ-16人が指導にあたった。生徒達は元気はつらつ受け答えには素晴らしいものがあり、関係者より大変な関心ぶりだ。体育科長の鎌塚智樹教諭の話によりますと「毎年この時期に座間味島で、二年生を対象におこなってきたが生徒達には大変良い結果がでています。

 今後とも、この自然環境が素晴らしい座間味村において継続して行きたいと計画しています」と延べました。

 叉。生徒の飯田弾(16歳)は「座間味村は初めてで自然の素晴らしい環境で体験ダイビングが出来たことは大きな想い出となりました。

 スキュバーダイビング資格免許を取得したら、又、座間味村の海を満喫したいです。」と語たった。ダイビングは8班のチームに分かれてダイビング教室が行われました。 

   ダイビングを行った生徒達です。
sふじみ野高校



 
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座間味村のフエリーざまみが最後の航海で村民が別れをいたしました。

座間味
うりずんです。

  10月九日より就航してきたフエリーざまみ(446㌧)が10月22日をもって運行が最後の航海となりました。

 村民が約600人参加する中、別れを遂げました。  

 その日は座間味村運動会も行われていたので午後2時30分に座間味港においてお別れ会となりました。

 座間味村の航路は村営船で代わりの代船は大分県内にある株式会社三浦造船所に発注していて11月1日には就航する船名はフエリーざまみ3で650㌧でかなり大型化しスピードもアップします。。

 慶良間諸島が国立公園に指定されてから観光客や貨物がかなり増えたので代船の建造は急務化とされて代船建造の運びとなりました。

座間味村民はこの建造計画の就航を大変喜んでいました。

新造船の運航は11月1日より運行なりました、

     新造船のフエリーざまみ3です。 
sDSCN0097.jpg
          

座間味村の大運動会がありました。

座間味
うりずんです。

 「3つの島の絆をひとつに」をテーマに、第36回座間味村大運動会(大会長・宮里哲村長)が10月22日午前9時より、座間味村座間味港公園グラウンド内において盛大に開催されました。

 座間味村は有人島が3島ありますが。日ごろ顔を合わすことがないだけに、年に一度の運動会は各島の村民の交流を深める場になっています。

村人口が900人に対して約600人が参加して大いに盛り上がりを見せました。

 座間味村は箇字区からなっているので字対抗の試合ととなり、熱戦が展開されました。

 運動会は幼児からお年寄りまでを対象にした種目が盛りだくさんあり、盛んな声援が飛びました。

 その中でも座間味村は各有人島に村立の幼小中学校が三校あるが、各校の得意とする演技を持ち回り披露することになっていて、今年度は阿嘉小中学校の番となり、全児童生徒がエイサー演技に望み一糸乱れず圧巻で会場から盛大な歓声が沸き起こりました。

 又、各島毎対抗の綱引きは応援合戦にも力が入り、運動会が一気に盛り上がりました。 

    今年度優勝した阿嘉区でした。
sDSCN0081.jpg

座間味村の座間味島でのタキノボリ行事について。

座間味
うりずんです。

 座間味島の座間味、阿真、阿佐の三ヶ字区の伝統行事「タキノボリ」がこのほど、区民総出で盛大に行われました。

 各家庭はこの日は朝早くからごちそうを作り、阿佐区にある山の中腹にある拝所で、山の神々に家内安全、五穀豊穣、航海安全などを祈願する神行事がありました。

 琉球王朝時代の蔡温の時代に森林を保護するために行われた行事と伝えられており、三百年近くの伝統があるという。座間味島では三大行事の一つでもあります。

 住民らは阿佐区にある四つの拝所にそれぞれ分かれて訪れ各自が山の神に祈りました。

 又、各家庭において今年出産した子供達が山の神々に報告がなされ、健康でスクスク育つようにと祈願し行事に参加した人達全員に赤マンジュウが配られました。

 一番高い山麓にある配所の「ウフタキ」では例年と同様に住民や観光客も大勢参加して賑わいを見せました。

 席上「タキノボリ」由来などの話など関係者より聞くなどして四カ所の拝所では賑わいを見せました。

 四カ所の拝所を訪れた住民等は、午後二時頃には同じ阿佐区にある「殿」「トゥン」と呼ばれる拝所に集まり神々に礼拝し無事「タキノボリ」が済んだことを報告してカチャシィーなどを踊り遅く迄、賑わいを見せました。

      琉球新報社 座間味村通信員
    宮里芳和
お宮の前でお祈りをしている参加者達です・
sDSCN0019.jpg

  広場でご馳走をいただいている家族達です。この日は絶好の好天日和で最高でした。
sDSCN0020.jpg

座間味村でカジマヤーの行事がありました。

座間味
うりずんです。

 座間味 座間味村字座間味の大城澄江さんのカジマヤー(数え97歳)祝いが10月9日に、自宅近くの広場において、村民や・親戚が200人程参加する中、盛大に開催されました。

 祝賀会に先立ち午前中は、座間味地区内を道ジュネー(道路パレード)をして、住民の祝福を受けました。

 道ジュネーは自宅前を出発し、集落内の各部所の七カ所でカチャシィー等が区民により行われて賑わいを見せました。

 特に座間味港入口においては本土と外国の人達の見学もあり、同祝い行事を珍しそうに見ていました。

大城さんは元気良く会話する元気者だと住民は語っていました。

 大城さんは大正九年の生れで、3人の子供と17人の孫、ひ孫などに囲まれて日々を楽しく暮らしているとのことでした。

大城さんは沖縄戦の時は25歳で、座間味島は米軍の最初の上陸地となり悲痛の思いで戦禍を生き延びてきました。

 一時は自決を図ったが手りゅう弾が不発で失敗し、終戦を迎えました。

 戦後同じ座間味島出身の四郎さんと結婚し、夫婦ともどもに座間味村のカツオ魚の基幹産業に貢献してきました。

 その後、四郎さんが他界し、女手一つで子供達の教育、子育てに頑張ってきました。

 カツオ漁業がなくなった後、座間味小中学校の用務員となり、一家を支えてきました。

 大城さんは絶えず笑顔があり、地域の人たちに大変親しまれてきました。

 そのこともあって今回の道ズネーは上原座間味小中学校長の特別の配慮で学校グラウンド内の中もパレードが実施されて関係者たちから大変よろこばれました。
            
   琉球新報社座間味村通信員
宮里芳和

   大城澄江さんです孫と一緒に道ズネーに参加していました。
sDSCN9793.jpg

  

座間味村の慶留間島よりハイタイです。

座間味
うりずんです。

 座間味村よりハイタイです。
 座間味村立慶留間中学校
 二年生・安藤明心さん(十四歳)
 座間味村立慶留間中学校
 二年生・武田有喜さん(十四歳)

慶留間小中学校では平成二十五年より東京の国士舘大学をとおして留学生度による受け入れを開始してきました。前年度は二人と本年度は四人の合計六人が留学してきました

 東京より来た安藤さん「慶留間島は住民が大変優しくて自然が素晴らしい全てのことに集中して頑張ります」神奈川県から来島した武田さん「今まで先生になることを目標にしてきました教員の資格をとり沖縄県内の離島での教員になることを考えています出来たら慶留間校に希望しますと」述べました。

 二人は運動会の種目の沖縄のエイサーは全員で踊りましたが最高の気分になりました慶良間諸島は最高です。特に慶留間島の全てが大好きですと二人は語った。
      力強いエイサーを踊ってくれました。

     座間味村通信員
   宮里芳和
右が武田有喜さん  左が安藤明心さん
s安藤さん武田さん

座間味区におきまして海神際がありました。

座間味
うりずんです。

 座間味島の三ヵ字区において海神際がありました。

 座間味区(宮平賢区長)では三十日、恒例の海神祭行事が区民が約三百人程参加する中盛大に開催されました。
 
 毎年この時期に海神祭は行われるが当初の開催予定日は九月の二十八日であったのだが、台風十六号の接近に伴い三十日に変更されての開催となりました。

 その日は絶好の祭り日和となり、参加者も例年にない大勢の村民や観光客が参加となり、午後一時に行列行事(道ズネー)によりスタートとし、各四カ所の拝所の前では、座間味小中学校児童生徒達による全員でのエイサーも拝所の神々に奉納披露されました。

 叉、座間味区婦人会や青年会もエイサーやカチャーシーなどの踊りも出て大変な賑わいも見せました。

 その後、座間味港内においてハーリー競技も行われて職場対抗や観光客なども飛び入り参加して港内は太鼓やハーリー鐘などか響き渡り大勢の観客の歓声となり、白熱化した競技となりました。

 最後の東西のハーリー競技は東の方に凱旋となり、喜びに沸きましたた。 

座間味島の三ヵ字区対抗も今年度から行われて阿真地区が優勝しました。

 叉、夜の部として海の神様を祭った(イビノメー)お宮の前の広場で集まり、最初は全員がそれぞれに神様の前において各家庭の家内安全や五穀豊穣・航海安全などを祈願し参加者全員一同が会し夜おそく迄、賑わいを見せました。                
   座間味村通信員
宮里芳和

みるく神のふん装した座間味区の青年です。誰なのか私もわかりませんでした。
sDSCN9708.jpg

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