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昭和32年の座間味海域の沈船の爆発事故について。

座間味
うりずんです。

 本日ここに掲載する当時の沈船の爆発事故は殆どの人々に知られていません。
座間味村の方達も詳しいことは知っていないのが殆どです。

座間味村と朝鮮戦争の関わり
スクラップ契機時代
 座間味村は去った太平洋戦争の沖縄戦においては米軍の第一歩の上陸の地として座間味村が悲劇の島となり大勢の犠牲者がでたのでした。激戦地だった慶良間諸島は日本軍の米軍によって沈没させられた艦船や航空機などが座間味海域に沢山沈んでいきました。又、米国軍のリバティ貨物船8,000屯クラスも日本軍の魚雷によって撃沈されて座間味村の海域は戦争によるスクラップの残骸が多く残ったのでした。
 朝鮮戦争が昭和25年6月25日に勃発すると座間味村に妙な経済的現象が発生したのでした。その戦争の関係でスクラップの価格が高騰し座間味村海域の残骸スクラップは闇ルートによって高く取引が行われたのでした。スクラップの回収が終止符の時期に阿嘉島の西の海域水深60㍍に米軍の沈船(弾薬船)8,000屯を解体して最後の引き上げ作業を行ったときに大変な事故が起きてしまったのでした。
 当時の琉球新報の記事の全文を掲載します。
     琉球新報(夕刊) 1957年(昭和32年)7月2日付け
     目をおう海上の参事
         天地をゆるがす大爆音
               生存者一人もなし
天地をゆるがす大爆音、1回、2回、3回、4回……その度毎に閃光が目を射り大水柱を伴って空中に吹き上げる。6月30日午後6時座間味沖で沈潜解体中の32名(推定)の生命が永久に海の藻屑となって消え去った一瞬である。生存者はもちろん遺留品さえなく海は静かだ。金、金、金、金ヘンを追うスクラップ業者は、この目をおう海上の参事を聞き流しながら、きょうも、明日も海に潜るのに違いない……明日の……否あと数秒の運命かわからないままに。記者は戦後最大の沈潜爆発事故の詳細を知るために、1日午後7時、警察の捜査隊と共に、那覇水上警備艇〃はやとり〃で現地に乗り込み、関係者から生々しい〃目をおう海上の参事〃について聞いて見た。
   悲しみ誘う花一輪
      原爆とまちがえ戦争騒ぎ
 ○…6月30日、この日花盛りの日曜日だった。座間味小、中校の長田辰雄校長は、教頭の宮里清四郎氏、部落の青年、宮平光雄君らと連れ立って渡名喜と屋嘉比の中間までエンジン付きクリ船で引縄に出かけた海……カツオ釣りの引き縄は絶好のレクレーションだった。
獲物よりも快適な1日を過ごした一行は、午後5時過ぎ西陽を背にうけながら帰途についた。舟が丁度屋嘉比島からの沖合から座間味にかじを変えようとした時である。時刻は丁度、午後6時頃だったろうか。突然ピカッと目を射る閃光に3人はパット目をふせた。続いてドカン、ドカン……地軸をゆるがすような大爆音、この瞬間、3人は広島の二の舞……ピカドンでは…と同じ思いだったという。恐る恐る目をあげた3人は恐ろしい大入道雲が眼前に突立っているように感じた。一瞬それが爆発による水柱だとは誰も気付かなかった。口もきけない、やがてしぶきが落ち始めてからそれが大水柱だということに気付いた。約1里近くもはなれているクリ舟も、もの凄い爆風に見舞われた。水柱は約2百㍍もあろうか。天につながって高さの程ははっきりしないが水柱の向こうに有るべき筈の島影さえ見えないほどの高い大きい水柱だった。
○…慶留間、阿嘉島の区民たちも、このもの凄い爆音に戦争が始まったのではないかと感じ、老人や女子供の中には泣き叫ぶ者さえ出る有様。爆音に続いてこんどは地震が阿嘉島、慶留間島、座間味本島をおそった。一番事故現場にちかい阿嘉島では今にも家が倒れそうで、軒並みにランプのホヤが倒れた。地震が終わったと思ったら津波だ!阿嘉、慶留間の区民はわめきながら山手の方に避難した。続いて潮の雨が落ちて来た。
 誰しも沈船の爆発事故とは考えていない。戦争が始まって糸満あたりに原爆でも落とされたのでは……目撃者の長田校長等と同じように考えたという。
○…地震が静まり、津波が静まった頃、阿嘉、慶留間の区民は長田校長等の話などを総合して、スクラップ収集中の沈潜の爆発事故であることを知った
 長田校長等の報告で座間味駐在の花城巡査は現場に飛んだ。もの凄い爆音のあとだけに、嫌がるスクラップ業者(同村)を拝み倒して十隻が直ちに現場に急行した。だが何もない。そこで毎日働いていたサンパン(スクラップ収集船約4屯内外)影も形もない。真っ黒になって働いていた潜水夫たちの姿もない。事故現場はドス黒いコールタールがモクモクと浮上しているだけで何事もなかったように静かだ。何名の人が死んだのかはもちろんわからない。死の海の捜査は1日の朝も始められたが飛散したサンパンの破片が2,3個汀に打ち上げられているだけだった。地もとの海の男たちも〃あの爆発は少なくとも2,3百トンの爆薬が爆発したのでは…〃物言わぬ海を気味怖がっていた。
○ …6月30日午後6時の事故が那覇署に報告されたのは翌日1日の午後5時だった。その間に約24時間の空白があるが原因は、郵便局の交信時間が午後3時1回(日曜)きのうは午前中は捜査を行ったため打電できず午後3時に発信したためである。〃はやとり〃が座間味についたのは午後10時半、直ちに花城巡査から事情を聞いたが、何一つ遺留品がないとの事、花城巡査が報告がおくれた他の原因は、スクラップ業者(与太者風)と地元業者が対立しているので計画的な事故ではないかと思い、それをつきとめるのと生存者を捜すのに躍起になったことも一因である。
部落民や、得宝丸乗組員9名の炊事をやっていた具志頭村港川区の幸地スミさんの話で、やっと得宝丸乗組員9名の氏名は判明したが、他のサンパン3隻の乗組員、事故の前夜、伊江村から嘉手納経由で来たばかりとかで、名前や正確な人員を知っている者一人もいない。いまのところ総勢32名程度という推定しかできない。はやとりは、今朝から現場付近を捜査中である。現場は未だにコールタールがドス黒く海面を染め、10斤くらい有るかと思われる大小さまざまの魚が白い腹をみせて汀に打ち寄せられている。
尊い32人をのみ込んだ海は今日も静かだ。何処から流れついた、サンパンの破片と共に、汀にただよう花一輪が印象的だったという。
    乗組員10名身元わかる
       伊江島出港・勝丸、海宝丸
 伊江村川平5班、新垣幸成さん(26)は、今朝早く那覇水上暑を訪れ、座間味沖合の沈潜爆発事故にあったのは、同郷の者が乗組んでいる勝丸(伊江船籍)海宝丸(糸満船籍)ではないかと訴え出た。新垣さんの話によると両船とも、29日午前10時ごろ伊江島から座間味の沈潜からスクラップをとるために出港したという。両船の乗組員で氏名の判明している者はつぎのとおり、神里久雄・神里公善・饒平名智盛・通称ポンチこと盛吉・下門吉夫・長嶺カツトシ・大城正和・性不詳忠真・安里銀正・通称ヒーシの10名。
 尚、両船は嘉手納に立ち寄って潜水夫を乗せたもよう。
     悲嘆のどん底に泣く
       一瞬、大黒柱を失う遺族達
 一瞬のうち最愛の肉親を失った真和志与儀区6班24号玉城広さんの留守宅では、ただ一人とり残された妻のハルさん(28)が、かけつけた知人に囲まれながら悲嘆の涙にかきくずれていた。ハルさんの話によると広さんは知人9名とともに広さんのクリ舟で20日ほど前にでかけたままだといい、スクラップ収集にいったとは夢にも思わなかったという。
 事故発生を知ったのは 1日の午後で何者か知れぬ人が 「ご主人が爆発事故で死にました」と知らせそのまま立ち去ったとのこと。
 ハルさんの話 いつもの通り漁にでかけたものと思っていたのに、爆発事故で死亡したと聞いて目の前がまっくらになりました。一緒に出かけた人々の遺族には何とお詫びしてよいやらわかりません。
 なお玉城さんと一緒に出た近所の与儀区6班12号大城清栄さんの留守宅には臨月間近のトヨさん(20)1年生を頭に3名の子供を抱えての生活だが、臨月近い身なので清栄さんの事故死を知らせてショックを与えてはと、事故があったことを全然知らせてないというが、今度生まれる子供を含めて4名の幼児を今後、女手でどう育てていくかと近隣の同情を集めている。


    死亡は推定より上回る
      吹っ飛んだサンパン4隻判明
 那覇署のその後の調べによると吹っ飛んだサンパン4隻というのは伊江島から29日あさ10時ごろ座間味向けスクラップ収集のため出港したという海宝丸(4㌧)、勝丸(3㌧)糸満から出港現場海上でスクラップ引き揚げしていた得栄丸と共盛丸4隻とみられ、海宝丸と勝丸に15名、得宝丸に9名、共進丸に8名がそれぞれに乗組んでいたという。死亡者は32名と推定されている
 既報で死亡者8名の名前が判明したのは、8名共得宝丸の乗組員で、もう1人住所氏名不明不詳大島出身の通称カズ27か8歳位も一緒に乗組んでいたことが分かった。他まだ氏名不詳2、3名乗り組んでいた模様で死亡者は推定人員よりも多くなるとみられる。
幸地那覇署長の話 同村には海中スクラップがかなりあるといわれ、緊急に中南部や遠く伊江島辺からも行って海中スクラップ業を行っていたようだが、爆発物の取り扱いは危険だということを百も承知で危険を犯しているのでは困ったものだ。那覇署水上の警備艇による海上警らの強化を図ったが警備艇が近づくのを遠くで発見して素早く逃げてしまう。浅瀬にでも逃げ込まれるともう駄目だ遠くで見はりながら、さらにボートでも借りて近づくといった手しかない。この取り締まりは絶えず警らしてスクラップ業者を危険に近寄ないという方法しか事故の未然防止しか出来ないもので船足の早い警備艇があればと思う。出来ればクリ舟位の大きさでもいいし、快速艇のような警ら船があれば見つかったらおしまいという観念を与えて危険に寄せ付けないという手しかないと思う。

    爆薬参千㌧積む
      恐るべきリバティ沈船
 爆発事故現場の沈潜について去る3月8日に調べられた工務交通曲海運課の調査によると、沈潜は米国大型リバティ貨物船で総トン数八千㌧級だが船名は不明、戦争中日本軍の魚雷により沈没したらしく、場所は座間味村阿嘉島佐久原鼻南東千四百㍍ 東経127度15分 北緯
26度10分で全体の全長473フィート。デッキから船底まで31フィート。
 積荷、前ハッチ爆発物のみで第1ハッチ、第2ハッチ12㌢機銃弾及び小銃弾、第3ハッチは手榴弾  第4、第5ハッチ1.6ポンドから5ポンドの弾頭付薬きょうをまぜて積まれており爆発物の総数量約3千㌧。
 なお同現場近海は水路が深く、潮流は早くスクラップ引揚げには多くの悪条件が揃い、作業1日に1時間から2時間位しか作業は出来ずしかも大型タンクや大型機械がないと取集は不可能とみられていたもので、すべての条件が揃っても浮き上がらせるスクラップを収集出来るのは相当日時と動力を要するとみられていた。
     全員爆死とみて
        救護班空しく帰る
 座間味駐在所から爆発事故により32名の犠牲者の報告をうけた那覇署では1日午後6時すぎ外間保安主任ほか9名が警備艇 〃はやとり〃 で現場に急行、続いて水産試験場の試験船  〃おおとり〃で沖縄赤十字病院から永井医師ほか10余名(看護婦を含む)救護班が2日午前零時半現場に到着したが生存者が一人もおらず、上陸もせずそのまま引返した。
    
    死者14名の氏名わかる
 2日午後零時半までに判明した死亡者名は次のとおり
 伊江島船籍 勝丸乗組員 伊江村川平区 5班 神里久雄(26)神里公善(24) 
 下門吉夫(22)4班 饒平名智盛(25)東江区5班 名嘉忠(?)名前不明(29)
 徳永正義(25)大城正和(20)安里銀正(57)
 伊江村阿良区1班 渡口正行(31) 海宝丸乗組員 糸満 上原三郎(21)
 上原次郎(26) 大城(?)名前不明(42) 氏名不詳通称 長男 アッピー(32)
 大島出身 性 不明 名前 徳二(26)

    使用主が死亡しておれば
       災害補償不可能
 労基署談
 沖縄労働基準監督署(署長伊波実秀氏)では、この事件の災害補償関係調査のため一両日中に係官を現地に派遣することになった。そのため死亡者の遺族から事情を聴取するとともに、現地に渡った那覇署の情報を受け調査の下準備を行っている。
 ところが、沈船引き揚げの場合は使用主も一緒に仕事をやっているのが多く、使用主も死亡したのではないかと見られており、そうなれば災害補償はなされないだろうと、伊波署長は語っており、残された家族の今後の生活が気遣われている。

 防止策協議中  
       危険な艦船処理
 照屋海運課長の話 弾薬処理については、戦後13年も経過しているので非常な危険を伴うので民政府としても解体作業には慎重を期しており、この種の艦船はまだ一隻も処理された例はない。このため先に弾薬船処理申請1号としてワシントンの許可を得た読谷沖の米艦船の場合も、民政府で処理方法を検討した結果「これを安全に処理する方法は見出せない」そして数ヶ月も保留のままになっている程である。座間味沖で爆発事故を起こしたリバテイ船もこれと同様な危険な状態にあったもので無謀に米軍財産への盗難行為をなし多くの死者をだしたのは誠に遺憾である。今後、監視体制を厳重にするなど事故の防止策について民政府と協議中である。

朝鮮戦争は昭和25年6月25日勃発して昭和28年7月27日-休戦)は、成立したばかりの大韓民国(韓国)と朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の間で、朝鮮半島の主権を巡り北朝鮮が、国境を越えて侵攻したことによって勃発した国際紛争[3][4]。
朝鮮半島全土が戦場となり荒廃した。1953年に休戦に至ったが、北緯38度線付近の休戦時のフロントラインが軍事境界線として認識され南北二国に分断された状態のまま緊張状態は解消されておらず、平和条約は結ばれていない。現在に至るも北朝鮮側による領空・領海侵犯を原因とした武力衝突が発生している。
 
 

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